戦後70年 安倍談話について

[閣議決定]

終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

そして七十年前。日本は、敗戦しました。

戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三

http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2015/150814danwa.pdf

2015/8/14の戦後70年に閣議決定された日本内閣総理大臣の談話が発表されました。

保守派からの反対や批判もあるようですが、個人的には現状ではこれ以上は無理だと思います。そしてこんな談話なら出しても意味がない、むしろ後退だという意見もあるようですが、私はそうは思いません。

ここまで連日メディアにバッシングされ、それも批判ではなく中傷に近いもので、中には事実無根のものまである始末。国会では揚げ足取りや意味不明の答弁を延々と繰り返され、メディアに出演し懸命に説明を繰り返しても拡大解釈と恣意的な曲解によってまたバッシングされるという状況に耐えられる政治家が安倍さんの他に何人存在しているのかと私は思う訳ですね。

その安倍さんが恐らくは相当に練って出した談話ですので、これ以上日本の保守・右派の史観を通した談話を出すのは無理ですよ。

保守や右派の史観=大東亜史観になると思いますが、それを通してしまうには、現状の国際秩序の変更がない限り、つまりはアメリカと袂を分かち日本が世界の覇権国とならない限りは無理だということだと思うのです。

現実的に考えればそれは無理ですし、恐らく国民の大多数はそんなことを望んでいないと思うのですね。

そして今回、反日バカ左翼以外の全ての日本国民が同意すると思う言葉がありました。

「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

このことが現役の首相から閣議決定されて発言されたことを、私は非常に高く評価し、また2人の子を持つ日本人として非常に嬉しく思います。

なぜなら私がこのようなブログをはじめ、近現代史を勉強してきたのは、次世代へこれ以上贖罪の意識を植え付けることを、どうにかして断ち切りたかったからというのが理由のひとつだからです。

私は日本が侵略国家などと微塵も思っていませんが、それは相手がそう思えばそうなのでどのようにしても変えられるものではありませんが、国交を回復する際にすべてを水に流しているはずなので、それで良いのですよ。

そもそも中国共産党や韓国とは戦争したことすらない訳ですからね。

また、必要以上の謝罪を断ち切ると宣言した以外にも、欧米人による植民地支配への批判と武力による現状変更への批判・女性に対する人権の徹底と向上・途上国への支援による平和の実現・平和国家として(ただし戦力は否定しない)これからも世界に貢献していくという宣言を盛り込んだのも評価できると思います。

日本が大東亜戦争によって現地の人々に迷惑をかけたのは事実でしょうし、また主に軍隊を通じてでしょうが、独立独歩の気風やその精神を感じとり、白色人種に立ち向かい独立を勝ち取る要因になったのもまた事実でしょう。それはフィリピンやマレーシアやインドネシアなどでも現地の人々の話として多数残っています。華人系から評判が悪いのはそれもまた当然の話でありますし、朝鮮人が自国の独立を保ちえなかったことを他国の所為にすることもまた致し方のないことなのでしょう(朴正煕氏は違いましたけどね)。

ですが全ては過ぎ去ったことなのですね。

日本人として明治政府樹立後からの歴史を調べていけば支那事変・大東亜戦争での日本の行為が悪だと断罪する戦勝国の価値観など到底容認できるものではないのですが、サンフランシスコ平和条約において東京裁判の結果を受け入れるとした以上、それに従うのは当然の道理です。でなければ、私たちは中共や韓国政府の行いを否定し非難し糾弾する資格すら失います。

そのことを考えてより良い方向に進んでいくことができるように一歩一歩進んで行けば良いのですし、元来保守というものは地に足をつけて、国の根幹は守りながら時代に応じて変化していくものだと思っています。急激な変化はかならず歪を生じさせ混乱を生みますからゆっくり確実に前に進めば良いのかなと思っています。

そもそもつい20年ほど前までは、ぶっちぎりで敗戦利得者と反日バカ左翼の独壇場だったことを考えれば、これでも十分進歩しているのではないかなと、私などは思いますがね。

これに国内の大多数の意見・史観を集約することで、「子々孫々永遠に中韓に謝罪するべきだ」などとほざく日本に巣食う敗戦利得者や反日バカ左翼を一掃し、反日勢力によって不当に貶められた日本の尊厳と誇りを取り戻す下準備ができるようになればこのうえないなと思います。一番敵視しなければいけないのは、日本人や日本に永住しながら日本を蔑み貶める輩ですからね。

日本が何百年後も続く平和な国家であれるように頑張っていきたいですね。やれることからコツコツと(笑)


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第40代内閣総理大臣 東條英機の遺書全文

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東條英機は日本の対米英開戦時の内閣総理大臣。現役軍人のまま第40代内閣総理大臣に就任した(在任期間は昭和16年(1941年)10月18日 – 同19年(1944年)7月18日)敗戦後に連合国によって行われた東京裁判にて「A級戦犯」として起訴され、1948年11月12日に絞首刑の判決が言い渡され、1948年12月23日、巣鴨拘置所で死刑執行された。享年65。

参考サイト
http://redfox2667.blog111.fc2.com/blog-entry-20.html

東條英機 歴史の証言

東條英機元首相 公的遺書 全文

開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は個人的には慰められておるが、国内的の自らの責任は死を以て贖えるものではない。しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。ただ力の前に屈服した。自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼしたこと、又下級者にまで刑が及んだことは実に残念である。

天皇陛下に対し、又国民に対しても申し訳ないことで深く謝罪する。元来日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志に依り行動すべきものであったが、一部過ちを犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。 此度の戦争に従事してたおれた人及び此等の人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思って居る。心から陳謝する

今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判を待つ。もしこれが永久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨まなければならないのではないか。此の裁判は結局は政治的裁判で終わった。勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。

天皇陛下の御地位は動かすべからざるものである。天皇存在の形式については敢えて言わぬ。存在そのものが絶対必要なのである。それは私だけではなく多くの者は同感と思う。空気や地面の如く大きな恩は忘れられぬものである。

東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相協力すべきものである。東亜民族も亦他の民族と同様に天地に生きる権利を有つべきものであって、その有色たるを寧ろ神の恵みとして居る。印度の判事には尊敬の念を禁じ得ない。これを以て東亜諸民族の誇りと感じた。今回の戦争に因りて東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら幸いである。列国も排他的の感情を忘れて共栄の心持ちを以て進むべきである

現在日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本人の米人に対する心持ちを離れしめざるよう願いたい。又日本人が赤化しないように頼む。大東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされねばならぬ。実は東亜の他民族の協力を得ることが出来なかったことが、今回の敗戦の原因であったと考えている。

今後日本は米国の保護の下に生きて行くであろうが、極東の大勢がどうあろうが、終戦後、僅か三年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯くの如くである。今後の事を考えれば、実に憂慮にたえぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上もないではないか。

今、日本は米国より食料の供給その他の援助につき感謝している。しかし、一般人がもしも自己に直接なる生活の困難やインフレや食料の不足などが、米軍が日本に在るが為なりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。依って米軍が日本人の心を失わぬよう希望する。

今次戦争の指導者たる米英側の指導者は大きな失敗を犯した。第一に日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。 第二には満州を赤化の根拠地たらしめた。第三は朝鮮を二分して東亜紛争の因たらしめた。米英の指導者は之を救済する責任を負うて居る。従ってトルーマン大統領が再選せられたことはこの点に関し有り難いと思う。

日本は米軍の指導に基づき武力を全面的に抛棄した。これは賢明であったと思う。しかし世界国家が全面的に武装を排除するならばよい。然らざれば、盗人が跋扈する形となる。(泥棒がまだ居るのに警察をやめるようなものである)

私は戦争を根絶するためには慾心を人間から取り去らねばと思う。現に世界各国、何れも自国の存在や自衛権の確保を主として居る(これはお互い慾心を抛棄しておらぬ証拠である)。国家から慾心を除くということは不可能のことである。されば世界より今後も戦争を無くするということは不可能である。

これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、事実は此の通りである。それ故、第三次世界大戦は避けることが出来ない。

第三次世界大戦に於いて主なる立場にたつものは米国およびソ連である。第二次世界大戦に於いて日本と独乙 (ドイツ) というものが取り去られてしまった。それが為、米国とソ連というものが、直接に接触することとなった。米ソ二国の思想上の根本的相違は止むを得ぬ。この見地から見ても、第三次世界大戦は避けることは出来ぬ。

第三次世界大戦に於いては極東、即ち日本と支那、朝鮮が戦場となる。此の時に当たって米国は武力なき日本を守る策を立てねばならぬ。これは当然米国の責任である。日本を属領と考えるのであれば、また何をか言わんや。そうでなしとすれば、米国は何等かの考えがなければならぬ。米国は日本八千万国民の生きて行ける道を考えてくれなければならない。凡そ生物として自ら生きる生命は神の恵である。産児制限の如きは神意に反するもので行うべきでない。

なお言いたき事は、公、教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件である。今は既に戦後三年を経過して居るのではないか。従ってこれは速やかに止めてほしい。日本国民が正業に安心して就くよう、米国は寛容の気持ちをもってやってもらいたい。

我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし。出征地に在る戦死者の墓には保護を与えられたし。戦犯者の家族には保護をあたえられたし。

青少年男女の教育は注意を要する。将来大事な事である。近事、いかがわしき風潮あるは、占領軍の影響から来ているものが少くない。この点については、我が国の古来の美風を保つことが大切である。

今回の処刑を機として、敵、味方、中立国の国民罹災者の一大追悼慰霊祭を行われたし。世界平和の精神的礎石としたいのである。勿論、日本軍人の一部に間違いを犯した者はあろう。此等については衷心謝罪する。然しこれと同時に無差別爆撃や原子爆弾の投下による悲惨な結果については、米軍側も大いに同情し憐憫して悔悟あるべきである。

最後に、軍事的問題について一言する。我が国従来の統帥権独立の思想は確に間違っている。あれでは陸海軍一本の行動は採れない。兵役制については、徴兵制によるか、傭雇兵制によるかは考えなければならない。我が国民性に鑑みて再建軍隊の際に考慮すべし。再建軍隊の教育は精神主義を採らねばならぬ。忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任観念のないことは淋しさを感じた。この点については、大いに米軍に学ぶべきである。

学校教育は従前の質実剛健のみでは足らぬ。人として完成を図る教育が大切だ。言いかえれば、宗教教育である。欧米の風俗を知らす事も必要である。俘虜のことについては研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。

辞 世

我ゆくもまたこの土地にかへり来ん
国に報ゆることの足らねば

さらばなり苔の下にてわれ待たん
大和島根に花薫るとき


東條英機元首相 私的遺書 全文

昭和23年11月12日の死刑判決の6日後の11月18日、花山信勝師と面談時の遺書。

花山師と 面晤めんごの機あるに依り左件を
東條

一、裁判も終わり一応の責任を果たし、ほっと一安心し、心安さを覚える。刑は 余よ[1]に関する限り当然のこと、 唯ただ責を一身に負い得ず、僚友に多数重罪者を出したること心苦しく思う。本裁判上、陛下に 累るい[2]を及ぼすなかりしはせめてもなり。
1. 余 (よ):自分、2. 累 (るい):悪影響、迷惑

二、裁判判決 其そのものについては、 此この際言を避く、 何いずれ冷静なる世界識者の批判に依り日本の真意を了解せらるる時代もあらん。 唯ただ、捕虜虐待 等など、人道上の犯罪に 就ついては、如何にしても残念、古来より 有あり 之これ日本国民、陛下の 仁慈じんじ及び 仁徳じんとく[3]を徹底せしめ得ざりし、 一いつに[4]自分の責任と痛感す。
  然しかして 之これは単に一部の不心得より生ぜるものにして、全日本国民 及および軍全般の思想なりと誤解なきを世界 人士じんし[5]に願う。
3. 仁徳 (じんとく):他を慈しみ愛する徳
4. 一 (いつ) に:ひとえに、全く、5. 人士 (じんし):教養ある人々

三、第二次大戦も終わりて、僅か二・三年、依然として現況を見て、日本国の未来に 就中なかんずく[6]懸念なき 能あた[7]わざるも、三千年の培われたる日本精神は、一朝にしてか喪失するものにあらずと確信するが故に、終局に於いては、国民の努力に 依より、立派に立ち直るものと信ず。東亜に生くる 吾われは、東亜の民族の将来に就いても 此この大戦を通じ世界識者の正しき認識の下にその将来の栄冠あるべきを信ず。
6. 就中 (なかんずく):とりわけ、 7. 能わざる:出来ない

四、戦死戦病死並びに戦災者の遺家族に 就ついては元より連合国側に 於おいても同情ある救済処置を願いたきものなり。 之これも 亦また 誠まこと国に殉ずるものにして罪ありとせば、 吾吾われわれ指導者の責にして彼らの罪にあらず。 而しかして[8]吾吾は処断[9]せられたり。彼等を悲運に泣かしむるなかれ。 然しかも彼等を現況に放置するは遂に国を 挙あげて赤化に追込むに等し、又現在巣鴨にある戦犯者の家族に就いても既に本人各 罪つみに服しあるものなるに 於おいて、 其その同情ある処置を与えられたきものなり。ソ連に抑留せられしものは一日も速やかに内地帰還を願いて止まぬ。

敗戦 及および戦禍に泣く同胞を思うとき、刑死するとも 其その責の償い得ざるを。

東條英機という人物

東條英機氏はA級戦犯筆頭のような人物とされ、ナチスのヒトラーのようなもの、死にもできない小口径のピストルで狂言自殺を図った卑怯者、憲兵を使った恐怖政治の元凶者、など日本の敗戦における責任や何かを全てなすりつけられた人物ですね。

諸悪の根源と言われ続けた人物は、当時このような遺書を書いています。

私は歴史上の人物で私が最も好きなのが、石田光成・大久保利通という後世からの嫌われっぷりがハンパなく官僚型で血も涙もないような人物との定説のある人ばかりなのですが、世評を顧みず真に後世・お家の為に私心を捨てて尽くした人物だと思っています。公明正大で不正を嫌い一切の蓄財をしていないというのも共通するところでしょうかね(GHQの調査でも何もでていません)。

この2人と同様に東條英機氏も何百年後には必ず歴史家から再評価されると思っています。興味のある人は是非色々調べてみてください。

犬猿で有名ですが石原莞爾氏が元帥で東條氏が参謀だったらどうだったんだろうなと思ったりもしてしまいますね。

※アクセスして頂いている方々へ

昨日あたりからアクセスが爆発してびっくりしております。一応間違いのないように色々なサイトなどを見て東條氏の遺書を掲載させていただいていますが(参考サイトが消えると困るのでバックアップの意味も込めています)、間違いがある場合がございますので、その点ご了承ください。そのような場合はお知らせ頂けると助かります。

東條氏に関する書籍では東條英機 歴史の証言を読むと当時の日本側からの視点が良く分かるのではないかなと思います。


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神風特別攻撃隊

GHQと戦後左翼つまりは敗戦利得者による「特攻隊は犬死で米軍の損害は大したことなかった。」というのは嘘です。

データを見ればはっきりわかります。

なにより、自身の命を全く顧みずに飛行機ごと艦に突っ込んでくるのですから、自殺を禁じたキリスト教であり、個人主義と自由を謳歌していた米国人にとって、その恐怖感はハンパなものではなかったようです。

極めて不利な戦況を覆すために、上からの要請だけでなく下からの突き上げ(志願)もあり作戦実行に至ったようですが、作戦自体は大西中将の言った通り外道の作戦でしょう。

帰還確率0%の作戦は作戦ではありません。ただ、特攻で散っていった英霊が犬死であり、決して国を護る為ではなく軍国主義の犠牲者として語られるのは違うと私は思います。それは遺書や関係者の証言でも分かります。

その反面、大西中将・宇垣中将・寺本中将など自ら果てることで罪を償った作戦指示者もいらっしゃいましたが、富永恭次や菅原道大に代表されるような卑怯で恥知らずな輩が作戦中枢に存在したことを考えると、この作戦が戦後すぐに徹底的に研究されなかったことは非常に残念です。

この時期になるたびに強く考えますが、私達はこのような方々の犠牲が報われるような国を作れているのでしょうかね。

私は終戦後70年間の日本の歩みというものは世界に類を見ない素晴らしいものだと思います。ただ、どこからどう見ても素晴らしい日本の歩みを誇りに思えない教育がはびこり、日本人が日本人としての誇りを忘れているような気もしますね。かくいう私もそうでした。

戦争は凄惨で悲惨なもので二度と繰り返してはいけないと強く思うからこそ、それを防ぐために最大限の努力をするべきだと思います。頑張りましょう。

神風特別攻撃による被害

特攻作戦実施期間:1944/10/25~1945/08/15

連合軍艦艇:278隻
戦死者:12,300名
重傷者:36,000名

神風特別攻撃(戦闘機)による日本軍戦死者:3948名
特攻攻撃(マルレ・震洋・回天など)における日本軍戦死者:10061名

※日本軍の戦死者数においては3000~14000名と諸説あるようですが、公益財団法人 特攻隊戦没者慰霊顕彰会の資料から抜粋されていたwikiのものを使用しています。こちらのサイトでは会報・会員投稿なども読めますのでお時間がありましたら是非。国の公式見解が無いというのはなんなのでしょうかね。

連合軍の人的損失については、特攻のみによる死傷者の公式統計は無い為、推計の域は出ないがアメリカ軍の公式記録等を調査したROBIN L. RIELLY著『KAMIKAZE ATTACKS of WORLD WAR Ⅱ 』では特攻によるアメリカ軍の戦死者6,805名負傷者9,923名合計16,728名、Steven J Zaloga著『Kamikaze: Japanese Special Attack Weapons 1944-45』では戦死者7,000名超と集計している。

他にイギリス軍、オーストラリア軍、オランダ軍でも数百名の死傷者が出ている。

連合軍全体では、戦死者12,260名 負傷者33,769名に達したという推計もある。

アメリカ海軍の太平洋戦域での戦闘における(除事故・病気等の自然要因)死傷者のアメリカ軍公式統計は、特攻が開始された1944年以降に激増し、1944年から1945年8月の終戦までで45,808名に上り、太平洋戦争でのアメリカ海軍の死傷者合計71,685名の63.9%にも達したが(1945年の8か月だけでも26,803名で37.4%)、1944年以降のアメリカ軍艦船の戦闘による撃沈・損傷等は約80%以上が特攻による損失であり特攻がアメリカ海軍の死傷者を激増させた大きな要因となった事が窺える。 また海軍以外でも、輸送艦などに乗艦していた、陸軍・海兵隊の兵士や輸送艦の船員なども多数死傷している。


アメリカ軍の特攻損害の公式統計は、「44ヵ月続いた戦争のわずか10ヵ月の間にアメリカ軍全損傷艦船の48.1% 全沈没艦船の21.3%が特攻機(自殺航空機)による成果であった」。「アメリカが(特攻により)被った実際の被害は深刻であり、極めて憂慮すべき事態となった」とアメリカ軍の損害が極めて大きかったと総括している。

※連合軍の被害に関してはいろいろな説があります。

神風特別攻撃への評価

太平洋艦隊司令長官ニミッツ元帥

沖縄戦で米海軍がこうむった損害は、戦争中のどの海戦よりもはるかに大きかった。その大損害は、主として日本の特攻攻撃によるものであった。


第五艦隊司令スプルーアンス提督

敵軍の自殺航空攻撃の技量と効果および艦艇の喪失と被害の割合がきわめて高いので、今後の攻撃を阻止するため、利用可能な、あらゆる手段を採用すべきである。第20航空軍を含む、投入可能な全航空機をもって、九州および沖縄の飛行場にたいして、実施可能なあらゆる攻撃を加えるよう意見具申する。


米海軍ベイツ中佐

日本の空軍が頑強であることは予め知っていたけれども、こんなにも頑強だとは思わなかった。

日本の奴らに、神風特別攻撃隊がこのように多くの人々を殺し、多くの艦を撃破していることを寸時も考えさせてはならない。

だから、われわれは艦が神風機の攻撃を受けても、航行できる限り現場に留まって、日本人にその効果を知らせてはならない。


R.L.ウェアマイスター海軍中尉

日本が失った飛行機の12%で、米損傷艦艇の約77%・米海軍人員の死傷者中約80%をやっつけたことになる。素晴らしい戦果といえよう。もし神風攻撃がなかったら、アメリカの空母は自由に日本本土の基地や工場を破壊することができたはずである。


フランス人記者のベルナール・ミロー

散華した若者達の命は・・・無益であった。しかしこれら日本の英雄達はこの世界の純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた。

西洋文明においてあらかじめ熟慮された計画的な死と言うものは決して思いもつかぬことであり、我々の生活信条、道徳、思想と言ったものと全く正反対のものであって西欧人にとって受け入れがたいものである。


元フランス文化大臣アンドレ・マルロー

日本は敗戦したが、かけがえのないものを得た。それは世界の誰にもまねの出来ない特別攻撃隊である。彼らには権力欲とか名誉欲などはかけらもなかった。

ただ祖国を憂う尊い情熱があるだけだった。代償を求めない、純粋な行為、そこに真なる偉大さがあった。私はフランス人にいつも言ってやる。

『母や姉や妻の命が危険にさらされるとき、自分が死ぬと承知で暴漢に立ち向かうのが男の道である。愛するものが殺られるのを、だまって見過ごせるものだろうか』と。

私は、祖国と家族を想う一念から全てを乗り越えて、潔く敵艦に体当たりをした特攻隊員の精神と行為のなかに、男の崇高な美学を見るのである。

特攻隊に関わった方々の言

田形竹尾元陸軍准尉(特攻隊教官)

出撃前、特攻隊員は仏様のような綺麗な顔でした。目が澄みきって頬が輝いておりました。彼らは皆、愛する祖国と愛する人々を守るために自ら進んで志願していったのです。戦後いわれるような、自分が犠牲者だと思って出撃していった者など一人としておりません。皆、「後を頼む」とだけ遺して堂々と飛び立っていったのです。

「日本が戦ってくれて感謝しています。」井上和彦著 P.97


神風特別攻撃隊大和隊一飛曹 塩田 寛 18才 遺書

戦いは日、一日と激しさを加えて参りました。父母上様、長い間お世話になりました。私も未だ十九才の若輩で、この大空の決戦に参加できることを、深く喜んでおります。私は潔く死んでいきます。

今日の海の色、見事なものです。決して嘆いて下さいますな。抑々海軍航空に志した時、真っ先に許され、そして激励して下さったのは、父母上様ではなかったでしょうか。既に今日あるは覚悟の上でしょう。

私も魂の見立てとして、ただただ大空に身を捧げんとして予科練に入り、今日まで猛特訓に毎日を送ってきたのです。今それが報いられ、日本男子として本当に、男に花を咲かせるときが来たのです。この十九年間、人生五十年に比べれば短いですが、私は実に長く感じました。数々の思い出は走馬燈の如く、胸中をかけめぐります。

故郷のウサギ追いしあの山、小鮒釣りしあの川、皆懐かしい思い出ばかりです。しかし父母様にお別れするに当たり、もっと孝行がしたかった。そればかりが残念です。随分暴れ者で迷惑をおかけし、今になって後悔しております。

お身体を大切に、そればかりがお願いです。親に甘えた事、叱られた事、皆懐かしいです。育子、昌子の二人は私の様に甘えたり叱られたり出来ないかと思うとかわいそうです。

いつまでも仲良くお暮らし下さい。私も喜んで大空に散っていきます。平常あちこちにご無沙汰ばかりしておりますから、何卒よろしくお知らせ下さい。お願いします。御身大切にごきげんよう。

昭和19年10月26日 レイテ沖にて戦死


飛行科予備学生第14期 江名武彦少尉

共同体の中に個があり、個の幸せを願うのは当然ですが、共同体の中に生きる若者として、愛する親兄弟、郷土、祖国のため、危機存亡のときには自己犠牲の覚悟が要請されました。

それは悲痛なことでしたが、当時の若者は受け入れました。

戦前がすべて良い時代だったとはいえません。今よりも悪い面も多々ありましたが、戦後のアメリカ軍の占領政策で、以前の国の有り様が全否定されました。

私たち古い人間には、先祖伝来の日本特有の美風が、すっかり失われてしまい、口惜しい限りです。


八紘第六隊石腸隊 吉武登志夫 陸軍少尉

私たちは、かわいそうな人でもなんでもありません。

今の時代から見れば、そう考えるのかも知れませんが、当時は国のために命を捧げることに大いなる価値があった。

やはり物事を正しく見るには、当時の状況を前提に考えないと当事者の気持ちまで理解するのは難しい。

その時代の雰囲気、戦況、そういうものの中にあって初めて生まれる心境です。

平和な時代とは前提が違う。

今の若い世代の皆さんも、もしあの時代に生きていれば、我々と同じ心境になったと私は思います。


百里原航空隊 江名武彦 海軍少尉

人類が理性を持ったのは、まだ5000年しかありません。初めてロゴス・知恵を人間が持ったのは、チグリス・ユーフラテスの時代からです。

しかし人間の中には250万年前の動物の血が流れています。この動物の血というのは残酷です。弱肉強食ですからね。

21世紀に何としても、この動物の血を静めなければなりません。

私は今、世界史的には大変危機な状態にあると思っています。

これをいかに日本人が先頭に立って平和に持っていけるかどうか、それが最大の問題だと思いますね。

そういうことを、若い人達に真剣に考えて頂きたいです。

http://news.nicovideo.jp/watch/nw899101
http://www.sankei.com/premium/news/150407/prm1504070008-n1.html


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朝日新聞の卑劣ぶり。特攻隊をダシに使うなよ。

まぁこれ良くある手法なんですけどね、特定の思想に偏ってない一般人設定ってやつですね。

今だとSEALDsに代表される安保反対のデモの主催者がそんな感じです。

現代のような情報拡散社会ではネットにUPしてしまえばそれは消さない限り残ってしまう訳で、ましてや拡散されているようなものであれば未来永劫消えるようなものではありませんので、きっちりとしたデータがそこに残ってしまう訳ですから、恣意的な世論操作なんかできようがないんですよ。

なんでこんなにすぐバレる工作をするのか本当に理解に苦しみます。

えー共産党の若手2TOPの池内議員や、五寸釘ほなみが出演したこともあるというIWJの岩上安身氏らが、このような朝日新聞の記事をツイートしています。

この投書は加藤敦美という元予科練の共産主義者が書いたもので、彼が共産主義者というのはこの著書でも明らかだと思います。ネットで読めるので興味がある人は是非どうぞ。

存在と非在の物語: 天皇制から共産主義へ

その他にも靖国神社慰霊碑への記載について「第792号霊璽簿からの氏名抹消等請求控訴事件」という訴訟を起こしています。

その中の一文ですが、

加藤は,仮に,天皇は神だと騙されたまま,天皇のために戦死したとして靖國神社に合祀されていたとしたら,「『いい面の皮』の滑稽な存在のまま,ヤスクニで永遠のさらし者になっているところだった」,「さらし者になった私は屈辱と恥辱で赤面し,愚かな自分への自罰に身も世もあらず身もだえしていなければならなかった」と考えている。

そして,「天皇を神と思いこまされて命を召し上げられたすべての戦死者が,ヤスクニから解かれて屈辱の傷の癒されること」を望む。

という認識の持ち主ですね。

活動は結構古くからのようで10年前にもこのような投書をどこかに出していたようです。京都ですか・・・・。

「死者を讃える資格者いない」無職 加藤 敦美(京都市西京区 76歳)

死者は、死者をして死なしめよ。
前の戦争で死ななかった者に死者を語る権利はない。

まして死者を裏切って米国の「手先」となり、国民を犠牲にして保身をはかる者が、どうして死者を讃えられるのか。

戦前戦中の日本は、天皇が神であり、国民全員が生命をささげて「神の国」を完結すべきだとされた時代であった。
海軍飛行余暇練習生(予科練)であった私も含めて、誰が降伏することなど思ったか。

「自分は生き延びて死者を賛美する」などと考えた人はいなかったはずだ。
だからこそ現代の日本に、死者を讃える資格のある者などいないのである。

死を免れた者たちが許されるのは、多くの人々の命を奪った侵略戦争とファシズムの元を断つために生きることだけである。
憲法9条が存続してきたのも、死者からの許しがそこにしかなかったからである。

中国および韓国の反対があってもなくても、首相の靖国神社参拝は許されないのである。
(2005年10月22日大阪)

http://megalodon.jp/2015-0803-1550-06/yunyuntoukou.blog104.fc2.com/?mode=m&no=211

筋金入りです(笑)。なんかこうどっちにしろ振り切れ易いお方なのかもしれませんね。

このようにちょっと検索かけただけで極端すぎる思想がバレバレの人物の投書を、さも特攻に関わった人たちの意見を代弁しているかのような朝日新聞のねつ造記事には、毎回のことながら反吐がでる思いです。

まぁ、日本的バカ左翼は何を言っても無駄なのは分かっていますが、なぜもっと多角的にものごとを考え論じることができないのか本当に理解に苦しみます。高学歴のエリートじゃなかったの?

特攻隊の評価については色々とありますが、それは後日記事にしたいと思います。


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頼むからこれ以上お前らの偏った歴史観を次世代に押し付けてくれるな

戦後70年の節目に安倍晋三首相が出す「安倍談話」をめぐり、国際政治学者ら74人が17日、共同声明を発表した。1931~45年の戦争を「国際法上、違法な侵略戦争だった」と指摘し、侵略や植民地支配への反省を示した「戦後50年談話」や「60年談話」の継承を求めた。発起人代表として声明をまとめた大沼保昭・明治大特任教授(国際法)は、記者会見で「安倍首相は『侵略の定義は定まっていない』などと逃げるのではなく、国際社会でも共有されている通り、日本の戦争は違法な侵略戦争だったと明確にすべきだ」と語った。もう一人の発起人代表で文化勲章受章者の三谷太一郎・東京大名誉教授(日本政治外交史)は「談話は安倍首相の個人的所感ではなく、重要な国際法的意味を持つ」と強調。「過去の首相談話を『全体として継承する』とはどういう意味か、具体的な言語表現で明らかにするよう要望する」と述べた。

戦後70年談話について安倍首相は、戦後50年の1995年に村山富市首相が出した村山談話を「全体として引き継ぐ」と語る一方、「植民地支配」「おわび」といった文言について「同じことを入れるのであれば談話を出す必要がない」との考えも示している。

声明は「日本が台湾や朝鮮を植民地として統治したことはまぎれもない事実」「過ちを犯したことは潔く認めるべきだ」「違法な侵略戦争であったことは国際法上も歴史学上も国際的に評価が定着している」としている。大沼、三谷両氏ら10人が発起人となり、歴史学、国際法学、国際政治学の研究者ら計74人が署名した。

会見に参加した毛里和子・早稲田大名誉教授(中国政治)は「日本国内の安倍政権批判の動きが中国で報道され、結果として対日世論の緩和が出てくると期待する」と語った。声明には緒方貞子・元国連難民高等弁務官、入江昭・米ハーバード大名誉教授(アメリカ外交史)、藤原帰一・東大教授(国際政治)、作家の半藤一利氏や保阪正康氏らが署名している。(北野隆一、清水大輔、後藤遼太)

http://www.asahi.com/articles/ASH7K3CTSH7KUTIL017.html

学者ら74人の声明全文
http://www.asahi.com/articles/ASH7K4CMVH7KUTIL027.html

もうね、ほんとにですね。これ以上あなた方の自己満足に過ぎない偏った歴史観を次世代に押し付けるのやめて頂けませんか?

満州事変に至るまでにはその背景がありますし、主目的として資源や国土を求めて侵略していった訳ではありません。

欧州では30年戦争で戦争の悲惨さを経験した結果、ウェストファリア条約でその防止を約束しましたが、それは文明国相手(欧州)に限ってのことで、侵略を防げない国などは主権国家として認めないとして世界中で植民地政策を展開した当時の列強のような単純な侵略などと言われる筋合いはありません。

大航海時代と呼ばれる、欧米諸国が世界中に災厄を振りまくことを始めた時代から、有色人種国家はことごとく植民地化され搾取され主権国家とすら認められず、400~500年もの間ひたすら圧政に苦しんでいました。

もちろん1931年当時も状況は変わりません。これは厳然たる歴史の事実です。

植民地化されていなかった国は、アジアでは干渉国であるタイと、井伊直弼の深慮と江戸時代から続く下級武士に至るまでの知識欲の高さ、長州藩に代表されるテロ行為(笑)などにより、かろうじて独立を守っていた日本くらいのものです。

日清日露戦争・朝鮮併合・満州事変の全ては、英露の覇権争いから続くロシア・ソ連の南下を防ぐためであり、その国際情勢に全く気が付いていない清国・支那軍閥と朝鮮首脳部を相手に苦悩を重ねた結果です。

清国がアジアの盟主としてアジア諸国をまとめ、ロシアの南下を防ぎ、欧米諸国のアジアへの侵略を防いでいたならば、日本ごときが大陸に進出する必要などなかったのですよ。

そもそも、植民地支配というのであれば、なんの資源もなく、重工業が発達している訳でも、男性が強靭で非常に戦闘力が高いという訳でもなく、身分差別が酷く文化的水準も高い訳ではないような国に、なぜ国民の血税を使ってまでインフラを整備し工場やダムを作り、身分や性別の差なく教育を普及させ、医療制度を整える必要があったのかを説明して頂きたい。

植民地支配を受けていたというのであれば、なぜに官僚・官憲に朝鮮人が多数存在していたのか、支配者側であるとされる日本人の上長として朝鮮人が任官していたのはなぜなのか、搾取を主とする欧米列強的な植民地支配というのであれば、なぜ人口が増加し識字率は高まり食糧生産が向上したのか、感情論ではなくデータをもって説明して頂きたい。

なぜ手記や証言で「日本人と朝鮮人の区別はなかった」・「差別はあったけどそれは朝鮮人同士でも同じだ」・「官憲が女性をさらっているなんて見たことも聞いたこともない」・「独立運動はうわさではきいたことがある程度で実際にみたことはない」・「日本統治はいろいろあったが素晴らしい面も多数あった」というものが存在するにも関わらず、日本=悪という欧米的な主観でしか考えないのですか?

戦時中に国際法を無視して都市部を空爆することによって一般市民を大量虐殺し、なおかつ実験的に2種類の原子力爆弾という大量破壊兵器を使用したのはアメリカの側であり、南方に向かう日本の船を軍民の区別もなく沈めまくったのはオーストラリアやアメリカの軍ではないですか。

福岡の久留米には列車が戦闘機によって銃撃された跡さえ残っていますし、日本人が大陸から引き揚げる際や、焼け野原の占領後の日本で米兵が婦女子にたいして何をしてくれたのか、そのことを考えただけでも彼らの主張に正当性がないのは明らかです。

第一次世界大戦において日本は戦勝国として列強入りしましたが、押し付けられたのはドイツが植民地としていた未開の南太平洋諸国です。

従来の植民地政策ではなく、原住民を尊重し足りない部分を補って文明国と成長させ列強に飲み込まれないように、国際連盟預かりの保護国としたのは他でもない大日本帝国なのですよ。

新渡戸稲造や後藤新平がまだまだ文明国とは言えない国々に尽力して(しかも事前に民族の風習や独自文化を壊さないように調査しています)、独立自尊を誇れるように教育を持ち込んだのですし、人種の平等や民族による差別撤廃を世界で最初に訴えたのは、あなた方のような思想の持ち主が悪魔とさげすむ大日本帝国なのです。

あなた方の主張はすべてが偏った思想・観点からのもので形成され、学者という真実を追求する職業でありながら多角的思考や分析を是とせず、敗戦後にGHQによって埋め込まれた思想のみを絶対的に盲信し、それを社会的立場を利用して次世代に押し付けているだけだということにまだ気づかないのですか?

確かに大東亜戦争は間違いだったのかもしれません。日本的官僚主義というか、明確な目的もなくきっちりとした信賞必罰もないままに泥沼化し、無能な軍司令部(マネジメント)の元で多くの有能な命がなくなったのは事実でしょう。

しかし日本が列強相手に戦うこともなく降伏し、東南アジア諸国へ進軍しなければ、間違いなく現在も欧米列強、つまりはアングロサクソンによる有色人種への支配は続いているはずです。

そもそも彼らの人権意識などというものは、それまでの自分たちの忌むべき習慣の反動でしかない訳で、現在でも欧州や米国では深刻な人種差別が横行しているのですから。

これを打破し、建前上とはいえ人種による差別を無くすきっかけになった大日本帝国の行動は功罪ともにあるにせよ、そのような史観から見れば人類へ貢献した功のほうがより多いのではないかと思うのです。

少なくとも私はそう思っていますしインターネットなどとは比べものにならないくらいの出来事だと思いますけどね。

欧米列強や連合国史観では日本が悪なのは当たり前の話です。

なぜならば彼らは何かの間違いで国際社会に出てきた極東の島国に生息している半文明国家のサル共に、自分たちがただひたすら贅沢にこの世を謳歌するために搾取していた植民地という金山を根こそぎ奪われたのですから。

中国に至っては必要以上に争いを混迷化させコミンテルンの手先になっただけですし、朝鮮はもともと敵国ですらありません。

問題なのは日本人であるはずの学者が、日本が行ってきたことの証拠・証言・資料などのデータは完全に無視して、このような相手国の史観や主観のみを信じひたすらに日本をさげすむのか全く理解ができません。

善も悪も事実に基づいて公平に論じれば良いだけであって、ことさらにどちらかに偏る必要はないのですよ。日本人はすでにすべてを受け入れているのですから。

ちなみに20年以上も前にあなた方が主張していた、朝鮮半島での色々な出来事や、従軍慰安婦や南京大虐殺などに代表される大日本帝国軍が残虐であったとされるものは、現在ではほぼ完全に論破されるに至っていますね。

それにすでに戦後の条約において全てはイーブンになっています。それが国際法なのであり条約なのですから、あなた方のような考え方を押し付けるのはやめて頂きたいのですよ。

私が学生時代に極左の教師によって刷り込まれた史観により、どれだけ日本のことが嫌いであったか。そのような思いを自分の子供たちにはさせたくないのでね。


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